『 憧 憬 − 黒髪の乙女 』

 ある美しい島に、心に妖精たちの住まう場所を持つ赤い髪の少女がいました。
その女の子がまだわたしの満ち欠けに応えられなかった頃、それでも・・・
いいえ、それだからこそ、かもしれませんね・・・
ちいさな胸には夢と憧れがいっぱいに詰まっていました。  
夏を想わせる陽射しを浴びながら果樹園の仕事を手伝った少女は夕暮れのなか、
深閑と 木々に囲まれる池に向いました。
そのほとりで肌衣姿になって着物に付いた葉っぱや小枝 を掃うと、
こんこんと湧く清水に浸したタオルでほこりをかぶった身体を拭います。
 その冷たさが火照った肌に心地良くて、少女は敷石に身体を和らげ、しばし時を忘れて 心を遊ばせました。
 もし、わたしが人間の女の子じゃなくて、精霊だったら・・・ 少女の目には、豊かな髪のみを身にまとい、
泉に降立って沐浴する精霊のたおやかな姿が 映っていました。
 やがて、暮れなずむ空もようやく紫根の色を濃くして星がまたたき始めました。
『そうそろ家にお帰り』 わたしの光に気づいた女の子は微笑んでわたしと精霊に別れを告げて家路を辿り、
温かい 夕餉を養い親と囲みました。

「せっかくあんなにきれいに育ったのに、なぜ実を摘んでしまったの? なんだかかわいそう」

「ああ、それはね、一本の木に実が付きすぎると実が小さくなるからだよ それに小さい時に丸くなった実はもうあまり大きくならなくてね、 細くて形の悪い実の方が後になって大きく育って、味も良くなるんだよ」

「そうなの・・・なら、やせっぽちのわたしもいつかそうなれるかしら?」

「やれやれ、そんなに自分の見栄えの事を気にするんもんじゃないよ
そうだねぇ、おまえがいい子にしていれば、そうならないとも限らないかねぇ」

「ええ、きっとそうするわ」
 
その夜、満ち足りた眠りについた女の子は夢をみました。
それは憧れてやまない、みどりなす黒髪を身に流す乙女となった自分の姿でした。
わたしの光をひとしずく、あの泉に落して、その夢を君にも見せてあげましょう。